2012年1月21日 (土)

『車輪の下』ヘルマン・ヘッセ著

大寒とはよくいったものである。
大いに寒い。
ひねもす雨。
床屋に行く。
ヘッセを読む。
これで私の一日は終わり。

中学生のころに読んだので(なぜ、これを読んだのだろうか)
細部の記憶はほとんどない。
勉強の重圧に負けて自殺してしまう少年の物語だ
と思い込んでいたが(記憶はつくりかえられるという)、
長い歳月を経て読み返してみると、
作品はまた違った顔を見せてくれる。
結末は自殺でも事故死でも
どちらに解釈してもいいように書かれていた。

自殺者年間3万人の現代、
苦悩と孤独のうちにいる人間とって、
死は魅力的に映るようだ。
ハンスもそうだった。
「この苦悩と孤独のなかで、別の亡霊が偽りの慰め役となって病める少年に近づき、しだいに少年と親しくなって、離れがたいものになってしまった。それは死の思いであった。」
ハンスは死に場所を決めて、父親と友人にあてた手紙を書く。
すると、こんな気持ちになる。
「いろんな準備をととのえ、覚悟を決めてしまったら、心がすっかり軽くなった。自分の運命を決める例の枝の下に何時間もすわっていると、重荷をおろしたようで、胸の晴れるような快感におそわれた。」
死を考えることで、心が自由になるのなら、そうすればいい。
ただ、そう簡単なことでない。
養老先生のよくする話にこんなのがある。
樹海で自殺しようとした人が首をつった瞬間、
その枝が折れて、その人は地面に落ちてしまった。
その人、いわく「死ぬかと思った」
ことほどさように死を考えるのは難しい。


                  

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2012年1月 9日 (月)

『気の力』齋藤孝著

何でもわかっているような気になっていると、大間違いだ。宇宙の構成に関しては、ほとんどわかっていないということがわかったという。物質は宇宙全体の5%にも満たないという。「暗黒物質」が23%、「暗黒エネルギー」が73%、つまり人間のわからないことだらけだという。村山斉著『宇宙は本当にひとつなのか』の中にそんなことが書いてありました。
 「気合いだ」とか「根性だ」といった言葉は何だか非科学的な感じがして、私の辞書の中にはない表現だったが、「気の力」というのはまだ科学的に証明されていないだけで、人間には確かに備わっているもののような気がしてきた。
 齋藤氏は竹内敏晴氏の言葉を引用してからこう述べる。

 からだの内側の感じを探ることに集中すれば、自然と呼吸が深くなり、胸をつり上げて固めてはいられなくなる。声は深い、腹に響く声になる。こうなると自分のからだの感触にも気がつく。こうなると不思議に、ことばが相手にふれ、沁みこむ。腑に落ちる。

 これが、「ことばが相手にふれ、沁みこむ」ような声の出し方だ。ただ声を張り上げたり、呼びかけたりというのではない。まずは内側の感じをさぐる。すると呼吸が深くなる。その息に丁寧に気持ちをのせて声にすると、相手のからだに気持ちのいい響きをもって伝わる。「気」を揺り動かすものとなる。

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2012年1月 8日 (日)

あけましておめでとうございます

年末・年始は例年通りの、いや例年以上の怒涛のような忙しさでありました。
久しぶりの休日。やっとゆったりと新年を迎えられた・・・・・・。
厳しい寒さも少し和らいだような一日、また池袋演芸場へ。
正月の寄席は新年のあいさつのような感じで、一人10分くらいで多くの演者が出てきます。
第一部の講談の神田陽子、真打ち三笑亭笑三。第二部の桂幸丸。10分程度の短い時間だけれど、ぱっと一瞬のうちに「その世界」を繰り広げる技には舌を巻いた。機会があれば、もう一度きちんと聴いてみたい。

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2011年12月18日 (日)

『一瞬で相手を落とす!コールドリーディング入門』石井裕之著

いかにも怪しげな題名の本であるが・・・
コミュニケーションに関心のある方はどうぞ。

石井氏は「コミュニケーションにおける観察の秘伝」だとして次のように述べています。

相手と話をしながら、次のように想像してみるのです。
もし、私の心が、この人の中に入り込んで、この人の心そのものになって、この人の心の内側から、この人自身を感じてみたら……どんなことが心に浮かぶだろう?

B'zの『今夜月の見える丘に』を思い出した。こんな一節を。
「たとえば、どうにかして君の中、入って行って、
その目から僕をのぞいたら、
いろんなこと、ちょっとは、わかるかも」

「月」「丘」といった言葉に触発されて、この曲を聴くと萩原朔太郎の『蛙の死』という詩を連想してしまうのです。こんな詩です。

蛙が殺された、
子供がまるくなつて手をあげた、
みんないつしよに、
かわゆらしい、
血だらけの手をあげた、
月が出た、
丘の上に人が立つてゐる。
帽子の下に顔がある。

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2011年12月 4日 (日)

池袋演芸場

快晴。こんな日は外に出ないと、もったいない。
岐阜から「西城秀樹」さんがラグビーを見に来たので、久しぶりに会った。
元気そうでしたよ、登山部のみなさん。毎日走っているとかで、いくぶんスリムになっていました。
いっしょにお昼を食べた後、私は池袋演芸場へ。

12時半から8時過ぎまでいたので、さすがに疲れた。昼夜入れ替えなしなので、2500円でこれだけの時間、楽しめるのはありがたい。
やはり、落語や漫才はテレビやラジオで見たり聞いたりするよりライブがいちばんおもしろい。
 私が今回、とくに気に入ったのが、「三遊亭吉窓(きっそう)」と「古今亭志ん橋」。見ているだけで、こちらが楽しくなってくる。「吉窓」は空回りする力士、「志ん橋」は酒のみをうまく演じていた。

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2011年11月28日 (月)

映画『コンテイジョン』

《 contagion 伝染病 》
これは「ホラー映画」である。
日曜日なのに、この映画はすいていた。
すいていてよかった、と思える映画なんです。

映画の終盤、数人しかいない観客のだれか一人が静かに咳をした。
その音の恐ろしかったこと。

感染も怖いけれども、それ以上に怖いのが人間の行動だ。
薬を求めて、人々が暴動を起こし始める。
感染と同様に制御しにくいのが人の心なのだ。まったく。

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2011年11月27日 (日)

『日本の大転換』中沢新一著

ひんやりとした冷気が顔をさす、そんな季節になりました。自然の大時計がまたひとつ、ときを確実に刻んだ感じです。

人は失敗をしなければ学べない。失敗しても学ばない、などというのは最悪ですが。失敗から謙虚に学べばよい。そんなふうにつくづく思うのは今年、原発事故があったからだ。原子力について考えるきっかけを与えてくれるのが、この本、『日本の大転換』です。次のような記述を読むと、原子力エネルギーというのは、これまでのエネルギーとは本質的に異なるものなんだなぁ~というのが何となくわかります。

太陽から放射される莫大なエネルギーの一部は、地球上の植物のおこなう光合成のメカニズムをつうじて「媒介」されることによって、生態圏に持ち込まれている。そうした植物や動物がバクテリアなどによって分解・炭化され、化石化したものが石炭や石油なのである。こうして、生態圏のなかで何段階もの媒介メカニズムをへることによって、化石燃料はつくられてきた。ところが、原子炉はこのような生態圏との間に形成されるべき媒介を、いっさいへることなしに、生態圏の外部に属する現象を、生態圏のなかに持ち込む技術である。地球が原始太陽圏の一部であった頃の余韻をたたえる高エネルギー現象が、石油や石炭の場合のような何段階もの媒介をへることなしに、無媒介に生態圏のうちに設置されている。

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